(株)光英科学研究所 代表取締役会長
村田 公英 氏
乳酸菌生産物質に豆乳を使用
前回は、乳酸菌生産物質を製造する際に使用する16種35株の乳酸菌・ビフィズス菌で編成したスターター、名付けて「チームKOEI」の話をした。今回は「チームKOEI」の培地でもあり、そして乳酸菌生産物質の製造にも使用している「豆乳」について話をする。

豆乳の起源は中国で、長い歴史を経て中国の伝統的な飲み物となり、朝ごはんのメニューとして国内で広く飲まれている。そして日本でも近年、体にいい一般的な飲み物として幅広い世代で好まれているようである。
ちなみに、私が毎月通っている散髪屋のオヤジさん(80歳代)も「最近、健康のために豆乳を飲むようになりましたよ」と話していた。
乳酸菌生産物質の愛用者に、製造に豆乳を使用している旨を説明すると、「なるほど、健康によい素材だから豆乳を使っているのですね!」と理解してもらえる方が多い。もちろんそれも正解ではあるが、実は乳酸菌生産物質に豆乳を使用している背景には、長年の研究におけるストーリーがある。
豆乳の使用は「企業秘密」だった
乳酸菌生産物質の生みの親である正垣一義氏は、当時中国にあった大谷光瑞農芸化学研究所で、第二次世界大戦の最中にも研究を行っていた。
戦時下で物資が少なくなる中、研究所で16種の乳酸菌の共棲培養による代謝産物の研究を続けながら、その培地に牛乳を使いたくても叶わず、身近にある豆乳を使用することになったようである。
日本が敗戦する1年前に、正垣氏は病気入院中の大谷光瑞師へ研究の完成の報告に行くために、研究所で顔を日焼けして現地の人らしく見えるように変装して、病院へ向かったと聞いている。
その際に正垣氏は大谷光瑞師から、研究の結果を日本で商品化して全国に普及するよう特命を受けており、指示書も現存している。

そして乳酸菌生産物質が完成した4年後、東京で商品化されたが、それももちろん豆乳を使って製造した乳酸菌生産物質であった。
私が大谷光瑞農芸化学研究所に入社したのは64年前だが、乳酸菌生産物質の製造工場に案内されたときに、目前にある豆乳の製造装置を見て、乳酸菌生産物質の製造に豆乳が使われていることを初めて知った。
そして、さっそく私は豆乳づくりに従事することになったのだが、豆乳をつくるときにできる残渣(おから)の一部を工場前のゴミ箱に捨てたところ、所長だった正垣氏から「馬鹿者!遠くの廃棄場所に捨てにいきなさい!」と大変な叱責を受けた。豆乳を使って製造していることは、重大な企業秘密だったからだ(もちろん、現在では食品表示のルールに則り、製造にどのような材料を使っているかを全て表示することが必要である)。
豆乳を使用していることは企業秘密…そのほかにも、当時の正垣氏の研究にかける熱意を物語るエピソードは多々あるが、またいずれ話してみたいと思う。
その正垣氏が「生菌」から菌の代謝物に研究を大転換して16種の乳酸菌の代謝物の製法を完成することができたのも、培地に「豆乳」を使ったことに大きなポイントがあったのでは、と私は考察している。次回も豆乳について話す。
第44回/第45回
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