(株)光英科学研究所 代表取締役会長
村田 公英 氏
乳酸菌生産物質のルーツをひも解く
前回のブログでは、私たちの腸内フローラの発酵は共棲培養により成り立っていると説明したが、今回はその共棲培養法に至る歴史について話す。

最近、乳酸菌生産物質の由来についての文献をインターネット等で検索すると、 乳酸菌生産物質は腸内フローラの仕組みを「模した」製法である、との記述が多く見られる。
確かに現代の研究によって、腸内の多種多様な微生物が代謝物(生産物質)を作っていることが知られているが、当社の乳酸菌生産物質の製法は独自の共棲培養法によって確立されたものであり、その成分をメタボローム解析等で調べた結果、腸内フローラの作り出す物質と近似した成分であることがわかった、というのが本来の流れである。
そこで当社の乳酸菌生産物質の製法と、そのルーツについて誤解を招かないように、乳酸菌生産物質を製造するための共棲培養の開発の進化とその歴史をひも解いて、皆さまに正しく理解していただく必要があると思い、説明することにした。
乳酸菌飲料「エリー」の開発と販売開始
まず、時代を101年遡って1925年(大正14年)、医師の正垣角太郎氏は京都大学の近藤先生、木村先生、代田先生らと研政学会を設立し研究を重ねて、4種類の乳酸菌を共棲培養させた乳酸菌飲料を「エリー」という名称で宅配にて販売を開始した。

4種類の菌を使用したのは、商品の健康に対する効果や安定性を考慮してのことと考えられる。
これが現代の乳酸菌飲料の出発点となったことは言うまでもない。
それから11年後の1936年(昭和11年)、正垣角太郎氏の子息である正垣一義氏(筆者の先代所長)が研究を重ねて8種類の菌を共棲培養した「ソキンL」を開発し、翌年の1937年にそれを粉末にして、長期保存が可能な「潤生ソキン」を開発して当時の陸軍に採用された。
その後、正垣一義氏は浄土真宗本願寺派、第22代法主である大谷光瑞師が開いた、中国大連にあった大谷光瑞農芸化学研究所の次長に命じられて、今までの3段変化の培養方法から5段変化の培養方式による研究を重ねて、16種の菌を共棲培養して菌の分泌物を得る方式を確立することに成功するが、これは次回のブログで説明する。
第61回/第62回

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